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【from Editor】懐かしい上坂先生の一喝(産経新聞)

 “あの人”が逝ってちょうど1年がたつ−。ねじり鉢巻きで原稿をまとめていると携帯電話が鳴った。上坂冬子先生が亡くなったという知らせだった。取る物も取りあえず、雨中を車で病院に駆けつけた。車窓を眺めていると、上坂先生との仕事の数々が、回り灯籠(とうろう)のようによみがえってくる。

 ご遺体は霊安室に安置されていた。棺の窓から拝顔すると、薄く化粧がほどこされ、穏やかな表情で眠っているようだった。ご遺族にうかがうと、苦しまずに逝かれたという。合掌したままどれほどたたずんでいただろうか。上坂先生には、本当にお世話になった。

 口幅ったいが、編集者としての私に上坂先生は年若い“戦友”といった信頼と親しみを寄せてくださり、一仕事終えるたびに、「戦中派だからね。“欠食児童”じゃないかって気になるのよ」とよく飯をご馳走(ちそう)してくださった。

 亡くなるひと月ほど前。「桜を見に行きましょう。目黒川沿いに先生のお好きな骨董(こっとう)や工芸品を扱っている知人の店があるので、花見のあとは職人の手仕事を見る、というのはどうですか。そのときはおかげで少し太った“欠食児童”にご馳走させてください」と言うと、「いいわねえ。でもちゃんと(軍資金を)もらってる?」と懐具合を心配してくださり、ふたりで大笑いした。回復されると信じていたが、その後容体が悪化、「お花見は来春の楽しみに」と手紙を出した直後の訃報(ふほう)だった。

 「残った人たちに迷惑をかけるのは嫌。だいたい葬式に行っても、死んだ本人には会えないんだから」と話していた上坂先生のご遺志で、葬儀は近親者だけで行われた。しかし、「きちんとお別れを告げたい」という同友の編集者と語らって「上坂冬子さんに“一喝”される会」を6月末に東京・九段会館で開いた。献花のための花は何がいいかを弟さんにうかがうと、「花を愛(め)でるよりも書きたいテーマに突進していくひとだった」。花見の誘いを喜んでくださったのは気遣いだったのか。

 上坂先生が逝ってすぐ、ライバル誌『諸君!』が休刊した。同誌を〈「紅旗征戎」をわが事に論ずる雑誌〉と表したのは山本夏彦氏だったが、上坂先生もまた「風流韻事」は脇においての永い言論活動だった。今の民主党政権をご覧になったら何とおっしゃるか−。

 「あんた、『正論』がやるべきことは分かっているわね」という懐かしい一喝が聴こえてくる。(雑誌「正論」編集長 上島嘉郎)

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